だんだんな気持ちで淡々と暮らす

淡々とした生活の記録

目が覚めたら・・・・・後にも先にもあんな経験はあの1度だけ

「ここはどこだ?」

朝起きて、、自分がどこにいるか分からないって経験は誰にでもあるはずではないだろうか。

あの時もそうだった。

ハッと目が覚めた時、まったく自分がどこにいるのか分からなかった。ガヤガヤした広い部屋にあるベンチで僕は横になっていた。目を開けても、現実なのか夢なのか、まだ分からない。重い頭を起こし、周りを見渡すと、似たような服を着た、似たような人がカウンターのような場所を挟んで大勢いた。

見渡したところで、まだぼんやりとしている僕は、そこがどこなのか、はっきりとは分からなかった。頭のズキンズキンとする痛みと猛烈な喉の渇きだけが僕にとっての明らかな現実だった。水が欲しい。

だんだんと目に映っている風景のピントが合い始めた。僕は開いた目を、閉じたくなった。夢であったなら良かった。。。しかし、もう1度眠るなんてことは許されないだろう。

僕が起きたことに気づいたカウンターの中の1人が近づいてきた。近づいてくる人を見ながら、「なぜ僕はここにいるのだ。いったい僕に何が起こったんだ」と少しパニック状態に陥っていた。若い男性であった。

「目が覚めたか?」

と僕に声をかけた。それは決して心配しているような声ではなく、どちらかと言えば、やれやれ困ったもんだなって感じの声であった。

僕はカラカラになった喉の奥から声を絞り出し、「はい」と答えた。その若い男性は、

「じゃあ、こっちに来て、書類にサインがいるから」

と面倒くさそうな、事務的なというか、その言葉を言い慣れていた。

僕は重い重い体で立ち上がり、その若い男性の後についていった。立ち上がって分かったことであるが、片方の靴を履いていなかった。代わりに、足の先にはボロ雑巾のようになった靴下がくっついていた。カウンターに近づくにつれ、その中にいる人たちが僕の顔をみて笑っているように感じた。情けない。

足取りは重かった。それはズキンズキンと痛む頭、鉛のように重くなっている体のせいだけではなかった。僕のいる場所がはっきりとどこか分かったからだ。

そこは、「警察署」だった。

 

カウンターの椅子に座ると、その若い警察官が僕を保護した経緯を説明してくれた。どうも僕は道端で寝ていたらしい。それを見つけた誰かが心配し、警察に通報してくれ、そして保護された。ということだ。

その若い警察官と話をしているうちに、僕はだんだんと前日のことを思い出してきた。

確か、昨日の夜は大学のクラスメートと、僕のバイト先であるカラオケバーでお客さんとして飲んでいたはず。馴染みのお客さん達と楽しく飲んでいたことは覚えているのだが、途中からの記憶がない。飲み過ぎたようだ。

僕のつまらない話を聞きながら、若い警察官は書類にメモしたいた。一通り、僕の話が終わると、

「ここにサインして」

と、これまた事務的な、当たり前だが僕は歓迎された客でもなんでもない。ただの酔っ払いだ。この対応は寸分も違わず、最適な対応だと、今さらながら感心する。

僕はその書類にサインした。それを確認すると若い警察官は、

「これから気をつけるように、もう帰っていいよ。」

と。

アッという間に、僕は解放された。

 

もう、そこにいる理由もないので、なんとなく一礼して出口に向かった。ドアを開けると、まぶしい光が目に飛び込んできた。僕の所持品はなかったようだ。持っていなかったのか、盗まれたのかは分からない。分かっていることは、一文無しの僕は約1キロの道のりを片足裸足で帰らなければならないってことだ。

重い体を引きずるように歩いていると、すれ違う人がみんな僕の顔を見て笑っているように感じた。そんな訳ないのに。僕は砂漠で迷い乾ききった旅人のごとく我が家というオアシスを求め進んだ。

 

ようやく僕の住むアパートが見えてきた。玄関のドアを開け部屋に入ると、昨日一緒に飲んだと思われる友達が寝ていた。自業自得とはいえ、こいつは戻ってこない友人を気にも止めず1人寝ていたのか、しかも僕のベッドで、とイラリとしたが、まず昨日のことを確認するのが先だと彼を起こした。彼は目を覚まし、僕の方を見た。彼は僕の顔を見るなり、ニヤっと笑ったように感じた。「この野郎、でも、まあいい」、先を急ごう。

 

その友達が言うには、いや彼は友達だったのだろうか、どうだったんだろう。まあ、そんなことはどうでもいい。

彼が言うには、一緒にタクシーで最寄りの駅まで帰ってきたが、泥酔した僕はタクシーを降りるなり「おまえとは一緒に帰らねー」とアパートとは反対方向に歩き始めたらしい。引き留めようと近寄ろうとしたが、僕は靴を脱いで彼に投げつけたようだ。片足裸足であった理由がここではっきりとした。確かに玄関に、片方だけの靴が置いてあった。彼はあっさりと引き止めることを諦め、靴だけを拾い僕のアパートに帰ったようだった。とても薄情である。

警察で起きるまでの経緯は分かった。もう彼に用はない。心の底から沸き上がる、二度と顔を見たくないという感情に僕は素直に従った。

「帰ってくれる」

と彼に言い、サッサと部屋から出て行ってもらった。

 

1人になった僕はとりあえずシャワーを浴びようとお風呂に向かった。二日酔いの薄汚れた顔が鏡に写った。人に見せれる顔じゃないな。

「アレッ?」

なんか違和感が、自分の顔じゃないみたいだ。アルコールで顔がむくんでいるせいか、いや違う、明らかにいつもの自分の顔じゃない。恐る恐る、鏡に自分の顔を近づけた。

僕の鼻の下に、立派な「ちょび髭」が生えていた。そして、眉と眉の間、いわゆる眉間の少し上には漢字で「秀吉」と真っ黒い太マジックで書かれていた。僕は「秀吉」の文字を見て、「信長」でもなく、「家康」でもなく、なぜ「秀吉」だったのだろうと、検討違いのことが頭に浮かんだ。

警察署にいた人たち、すれ違う人たち、そして僕の部屋で寝ていた友人が僕の顔を見て笑っていると感じたのは、気のせいではなかったのだ。「秀吉」と「ちょび髭」がみんなを笑顔にしたのだ。いやいや、苦笑いを誘ったのだ。

 

後にも先にも「目が覚めたらそこは警察署だった」という経験はこの1度きりである。まあ、1度でもあれば十分かもしれませんがね。。。。。おしまい